中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)はネットを通じてソフトやサーバーなどを貸し出すクラウドサービス事業で日本市場に参入した。得意のゲームなどのサービスに注力し、1年以内に100社の顧客獲得をめざす。日本のクラウド市場では既に米アマゾン・ドット・コムが約半分のシェアを握る。中国企業ではアリババ集団に続く参入となる。中国企業の攻勢が強まるが、日本企業には情報漏洩に対する懸念の声もある。
テンセントは既に日本のゲーム大手に対し、クラウドサービスの提供を始めた。英通信サービス大手コルトが関東地区に設置したデータセンターを使ってサービスを提供する。世界各国で個人データの流用が問題視されるなか、クラウドサービスを通じて情報の流出等も懸念されるが、同社担当幹部は「各地の法律法規を尊重する。顧客データを顧客の許可なしに扱うことはない」とした。

今後、ゲームメーカーや動画投稿サイトなどを運営する企業からの受注を増やすほか、日本のシステム大手企業とも事業提携の交渉を進める。スマートフォンの決済サービスで提携するLINEともクラウド分野での協業の機会を探るという。

IDCジャパンによると、2018年のクラウドの日本市場規模は6688億円。23年には約2.5倍の1兆6900億円にまで増える見通し。


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「19年は海外のクラウドサービスで戦略的な布陣を整え、市場開拓し発展させる。前年比4〜5倍の成長を持続したい」

テンセントでクラウドの海外事業を統括する王●(王へんに炎)・運営総経理は日本経済新聞の取材に対し今後、同事業で高い成長を目指す方針を強調した。

日本で注力するのは「ゲーム、動画投稿、交流サイト分野」(趙剣南・クラウド東北アジア総経理)だ。テンセントは中国のゲーム最大手。鮮明な映像や新たな遊び方などゲーム利用者の要望に素早く対応できる能力が高いクラウドサービス企業として知られる。

動画投稿サイトの分野でも、中国企業上位100社のうち80%以上がテンセントのクラウドの顧客だという。豊富な実績が信頼性につながっていることから、日本企業の獲得も可能だとして参入を判断したようだ。

同社の18年12月期のクラウド事業の売上高は91億元(約1400億円)で全体の3%だが、成長率は高い。前年実績比で2倍以上の伸びを実現しており、既に世界6位の地位を築いたという。

一方、日本のクラウド市場は現在、アマゾンが首位で、2位は米マイクロソフトと、市場の6割は米国勢を中心に外資企業が握る。さらに今回、中国大手のテンセントの参入で外資の存在感はさらに増すことになるが、警戒感も同時に高まる。

テンセントのクラウド事業を支えるデータセンター(天津市)
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テンセントのクラウド事業を支えるデータセンター(天津市)

世界では今、データを巡る法規制の厳格化が進み、個人データの保護の扱いを誤れば、企業は経営を揺るがしかねない事態になっているからだ。

欧州では18年に「一般データ保護規則(GDPR)」を施行し、個人データを欧州域外に移転することを原則として禁じた。サイバー被害などで企業が個人情報を漏洩すると莫大な制裁金を科す場合がある。実際、英当局は今月、英航空大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)に250億円相当を、米ホテル大手マリオット・インターナショナルに130億円相当の制裁金を、それぞれ科す方針を示した。

ほかにも中国が17年に施行した「サイバーセキュリティー法(インターネット安全法)」や、米カリフォルニア州で20年に施行する見通しの「消費者プライバシー法(CCPA)」など、個人データ保護の厳格化は世界で進む。サイバーセキュリティー法は中国で収集した顧客データの国内保存や、海外に持ち出す際は当局の審査を義務付けており、17年の施行時には、中国進出する外資から反発の声が相次いだ。

一方、日本は個人情報保護法のガイドラインで機密性の高いデータに関する扱いなどを定めるものの、罰則などの厳格さを欧州や中国などと比べると現状の規制は緩い。20年に目指す個人情報保護法の改正で、GDPRなどを参考にしてデータ保護の強化を図る検討が進むが、動きは遅い。


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こうした状況から日本企業にとってはデータの安全性の担保がクラウドサービスを利用する上で重要な判断基準となる。医療や公共など特に機密性が高いデータを多く扱う日本企業は、データの流出対策への悩みから、米アマゾン・ドット・コムや米マイクロソフトなど米国大手のクラウドでさえ活用が進んでいない。ようやく活用の検討が進みつつある段階だ。

こうした日本の事情に、テンセントもデータの安全性の確保に気を配る。参入に当たっては日本国内に専用のデータセンターを用意し、中国で収集した顧客データの国内保存などを義務付ける中国のサイバーセキュリティー法の影響を受けずに済むようにしている。

ただテンセントは中国企業に特有の懸念への対策も求められそうだ。中国ではテロ対策のために通信事業者などに対して情報の提供を反テロ法で義務付ける。日本国内のデータセンターにデータを預けていても、こうした法規制を根拠にデータの提出を迫られないかという懸念が日本の顧客企業の間でくすぶる。

中国のクラウド企業で一足先に日本向けのサービスを16年12月から展開するアリババ集団は、日本国内に専用のデータセンターを用意し、ソフトバンクとの合弁会社を通じて提供するサービス形態を取った。中国企業であることを前面には出さず、顧客の不安を払拭することに努めている。

テンセントも現在、単独だけではなく日本の大手システム企業と連携し、クラウドサービスの事業展開を狙っている。日本企業を味方につけ、不安を払拭する形でサービス拡大を図る狙いだ。

2019/7/26 日経
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47803840V20C19A7FFE000/?n_cid=NMAIL007