ちょうど1カ月ほど前、本コラムでウイグル人の苦難をお伝えした。私の良き友人であり、ドイツ・ミュンヘンに本拠地を置く、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」の総裁を務めるドルクン・エイサ氏のご母堂逝去の件である。

 ドルクン氏が1994年に国を出て亡命した後、一度も会うことなく、77歳で再教育施設に収容された母の死。ドルクン氏の悲しみは深かったが、それから1カ月たたないうち、彼の姿は米国ワシントンにあった。
 「共産主義の犠牲者追悼財団」という米国の団体がドルクン氏を招いたのだ。ワシントン滞在中の間、彼は各所での演説や米国務省、連邦議会議員ら多くの人々との面会を精力的にこなしていた。

 たまさか、ワシントン滞在中のドルクン氏とメッセージのやり取りをすると、1枚の写真が送られてきた。「誰か分かる?」というキャプション付きだったので即答した。ドルクン氏と並んで写っていたのは、テッド・クルーズ上院議員であった。

 クルーズ氏といえば、2016年の大統領選に一度は出馬表明した共和党の大物議員だ。福音主義の牧師だった父の影響で敬虔(けいけん)なクリスチャンとしても知られる。その翌日、日本のNHKが、早朝枠ではあったが、ある珍しいニュースを伝えた。映像では、マイク・ペンス副大統領が次のような演説をしていた。

 「北京(中国当局)は数十万、あるいは数百万とみられるウイグル人ムスリムを、再教育施設に収容し、政治教育を強いている。宗教的な信条が脅かされている」

演説が「信教の自由」をテーマとした会合でのものだったが、ペンス氏も、クルーズ氏と同様にキリスト教色の強い保守的な政治家である。そのペンス氏らが、中国政府が「テロ対策」を口実にウイグル人を弾圧し、大半がイスラム教徒である彼、彼女らの信仰を抑圧していることを激しく批判したのだ。

 ブッシュ政権時代、「テロとの戦い」をうたってアフガニスタンやイラクに攻撃を開始した際、米国は、中国に戦線を邪魔させないための取引として、北京の言いなりにウイグル人活動家を「テロリスト」と認定した。その象徴的な1人がドルクン氏であり、そのため、彼は15年まで米国入国を許されなかった。

 今回の打って変わった米政界のドルクン氏厚遇。その裏にあるのは、やはり北京との取引だ。かつて北京との宥和のために使ったウイグル問題を、今回は「貿易戦争」との合わせ技で北京を締め上げる最強カードとして切っている。

 ドルクン氏は「それでもいい」と言う。何であれ、ウイグル問題を米国のトップレベル、しかもキリスト教色の強いリーダーらがはっきりと口にして中国政府を批判し、その様子を世界が見てくれる。これは大きな成果だと力説する。他の在米ウイグル人は「何もしてくれなかったオバマ政権よりいい」とつぶやく。

 思い返せば、日本人拉致問題にも今のところ、前政権よりドナルド・トランプ大統領は親身だ。「人権派」という、メディアが貼る空疎なラベルより、人権弾圧に真に苦しむ被害者の声にこそ真実はあるのではないか。

zakzak.co.jp 2018.8.10
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180810/soc1808100009-n1.html