中国に対する問題が浮上した場合、ベトナムの世論がどれほど簡単に一本化され、抗議する市民を動員できるかは、この国の各都市で起きた数千人規模の抗議行動が物語っている。

 ベトナムで厳密には違法とされるデモが今月、2週連続で週末に発生した。その引き金となったのは、外国企業向けの経済特区を沿海部に設置するとの計画が、中国企業がベトナムに進出する足掛かりになるのではないかという国民の懸念を招いたことだ。
 この経済特区の計画自体には、中国への言及はない。たがベトナム国民の感情はすでに定まっているようだ、と複数の政治アナリストは言う。中国の利権がベトナムの国策に影響を及ぼしているという根強い疑惑をあおるようなフェイスブック投稿が人気を集めている。

 問題の核心には、中国の「横暴」に悩まされてきたという数世代にわたる国民の怒りが、政権を担うベトナム共産党に対する信頼感の欠如と重なり、爆発しやすくなっているという背景がある。

「ベトナム政府は国内の反中感情を過小評価している」と語るのは米戦略国際研究所の東南アジア専門家マレー・ヒーバート氏。「ベトナム国民の多くは、国の主権を中国から守るための政府努力が十分ではないと考えている」

 フェイスブックなど、ベトナム国民9000万人の半数が利用しているソーシャルメディアによって、こうした怒りが爆発しやすく、抑制しにくいものにしている。

 抗議行動が全国各地に広がったことで、ベトナムの国会は先週、経済特区に関する議決を10月に先送りした。

 抗議行動を防ぐために、17日には主要都市における警備が強化されたが、ハティン省中心部では数千人が集まり、多くが「中国の共産主義者に1日たりとも土地を貸すな」というメッセージを掲げた。

 中国が海外での企業活動を推進するために「一帯一路」イニシアチブを推進し、南シナ海のほぼ全域にわたる領有権確保を狙って強硬行動をとるならば、こうした緊張が長引く可能性は高い。

 中国は、ベトナムも領有権を主張しているスプラトリー(中国名・南沙)諸島やパラセル(西沙)諸島における人工島建設や軍事基地化を加速しており、3月にはベトナム政府に対し、沖合数カ所での大規模な油田掘削を中止するよう、ここ1年間で2回目の圧力をかけてきた。

「愛国心」に感謝
 こうした中国側の圧迫に対するベトナム政府の抵抗は限定的だ。

 ベトナム共産党の中枢は、そもそも国内に反中感情が存在することを認めることすら滅多にない。グエン・ティ・キム・ガン下院議長は15日、「国民の愛国心と、重要な問題に関する彼らの深い関心に感謝する」と語るにとどめ、この問題を回避した。

 ベトナム共産党トップのグエン・フー・チョン書記長は17日、99年間の租借権を伴う経済特区について、心配には及ばないと国民に訴えたが、やはり中国について具体的な言及はしなかった。

「誰であれ、混乱をもたらすためにこの国に来るような外国人に土地を渡すほど愚かではない」という同書記長の発言を国営メディアが報じている。

 今月10日に起きた抗議行動は大半が平和的なものだったが、南部ビントゥアン省では一部が暴徒化し、自動車が燃やされ、怒った群衆が機動隊に対して投石や体当たりを加えた。

 同省では、ベトナム漁船に対する中国の威嚇や、中国が建設した発電所による土壌汚染、主に中国向け鉱物資源を採掘するための森林伐採などの問題が山積しており、長年にわたる人々の憤激が高まっていたと、著名弁護士のTran Vu Hai氏は語る。

人々の怒りは中国だけではなく、汚職が多く、破壊的な中国の商業的利権の言いなりだとみられている地方政府にも向けられている。「人々がなぜ怒っているのか調査せず、問題を解決することもない。この地域では、当局への信頼はすでに失われてしまった」と同氏は語る。

 今回の抗議行動における規模と連携は、ベトナム一般市民を勇気づける一方で、ある程度の異議申立てを許容しつつ統制を維持するという与党共産党の綱渡りを困難なものにしている、とアナリストは語る。

 急成長するベトナム経済を人質に取ることが可能な、重要な貿易相手国である中国を怒らせるリスクも生じている。

巧みな扇動
 中国側はこうした抗議行動を真剣に受け止めている。ベトナム駐在の中国外交官は今月、中国の経営者団体やベトナム政府、現地メディアと会合を重ねた。

 在ベトナム中国大使館によるウェブサイト上の投稿によれば、Yin Haihong代理公使がベトナム当局に対して、中国企業と中国市民を保護するよう「要請」した。同大使館は、ベトナム当局から「隠された動機」を持つ者が「意図的に状況を歪めて表現し、中国と関連づけている」との報告を受けたという。

 過去にもベトナムでは今回と同じような抗議運動が発生している。2014年には、中国が中部ベトナム沖に石油掘削リグを配備したことに対する抗議行動があり、2016年には台湾プラスチックグループ(台塑集団)<1301.TW>が運営する製鉄プラントでの環境汚染事故を巡って数ヵ月におよぶデモが繰り広げられた。

 ベトナム外務省報道官は、ロイターの質問に対して、中国には触れずに、「過激派」が「違法な集会を扇動」したと回答。また、ベトナムの政策は国民利益に奉仕するものであり、企業と投資を支援していると付け加えた。

 フェイスブックで多くのユーザーからフォローされている著名弁護士Nguyen Van Quynh氏は、抗議行動が組織的なもので、暴力行為が扇動されていることは明らかだ、と語る。これらは、細心の計画が立てられ、国の治安維持手続きについての知識を有していることも示しており、ビントゥアン省が当局の弱点になっていたと指摘する。

「抗議行動や暴動は、ますます大規模で、組織だった巧妙なものになっており、こうした組織化の知識やスキルを持つ人物や中心的グループが存在する可能性を示している」と同氏は述べた。

 現旧の国会議員からは、長年にわたって先送りされてきたデモ規制法案を、再び検討すべき時期が来たとの声も上がっている。憲法では集会の自由が保障されているが、抗議行動は警察によって解散させられる場合が多く、参加者は「治安の乱れ」を招いたとして拘束されている。

 一方で、もっと世論に耳を傾けるべきだという声もある。

「政府は、国民が何を気にしているのか配慮する必要がある」とベトナム国会事務局のグエン・シ・ズン事務次長は語った。

2018.6.25 ロイター
https://diamond.jp/articles/-/173322