さらに大きな問題は北朝鮮の核放棄問題だ。朝鮮労働党委員長の金正恩(キム・ジョンウン)は、短期間に2回訪中し、北京と大連で習近平に会った。その後、北朝鮮は韓国との南北接触を突然、キャンセルし、米朝会談まで見直すような構えを見せた。

 明らかに中国の「介入」があったのだ。トランプ自身も大連での2回目の中朝首脳会談を経て中国が何らかの影響を与えた可能性に言及している。習近平への不信感といってもよい。これは、ひとまず「貿易戦争の当面の留保」に終わった米中経済貿易協議の今後にも影響がある。
 トランプから見れば、対中貿易赤字の削減問題と、北朝鮮の核放棄問題を決着に導く際の中国の役割は完全にリンクしている。同じ取引の中の項目にすぎないのだ。

全人代の閉幕式に出席した劉鶴副首相(3月20日、北京の人民大会堂)=三村幸作撮影
画像の拡大
全人代の閉幕式に出席した劉鶴副首相(3月20日、北京の人民大会堂)=三村幸作撮影

 17年11月のトランプ訪中もそうだった。米中両国は2500億ドル(28兆円)もの大型商談で合意したと華々しく発表し、北朝鮮への圧力強化でも歩調をそろえたはずだった。だが、2500億ドル商談は事実上、ほごにされ、対中貿易赤字はその後もどんどん膨らみ続けた。

 一方、北朝鮮への圧力の方は年初まで一定の効果を上げ、北朝鮮も対米譲歩に踏み出した。中国にとって最悪シナリオである米国による北朝鮮攻撃は回避された。ここまでは中国にとってまずまずの結果である。

 ■対米貿易摩擦と北朝鮮核問題の複雑な取引

 しかし、目算は外れていく。金正恩とトランプが一気に接近する米朝首脳会談が突然、決まり、朝鮮半島情勢が中国抜きで進み始めた。習近平は慌てた。そして北朝鮮の核放棄を巡って「トランプけん制」に動き始めた。目的は朝鮮半島における中国の伝統的な権益確保である。

 習近平が北朝鮮問題で最後まで協力するなら、経済では少し手加減してやってもよい――。それがトランプの本音だろう。ZTE問題は単独の案件ではない。習近平も同じである。トランプの心情を推し量りつつ、対米貿易問題と北朝鮮問題を同時並行的に考えなくてはならない。

 そこで、冒頭に紹介した外事工作委員会が重要になる。同委員会内のコアメンバー、王岐山は対米貿易問題に加え、北朝鮮問題の討論にも正式に関わっている。ということは、米朝首脳会談の着地点を左右するのは案外、王岐山の思考方法なのかもしれない。

 3月下旬の第1回中朝首脳会談の直後、王岐山は北京の人民大会堂で李克強の次に金正恩とガッチリ握手した。北朝鮮国営メディアがこの映像を流したのは、王岐山重視の表れだった。そこに他の中国の最高指導部メンバーはいなかった。事実上、序列3位の扱いだった。

 2回目の中朝首脳会談後も中国は北朝鮮への目配りを欠かさない。5月半ばからは北朝鮮の中央副委員長、朴泰成が率いる高位の代表団を招き入れ、中国各地で「一党独裁」を堅持しながらの経済開放の実態を長期間、視察させた。不気味である。(敬称略)


2018/5/22  日経
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30757590R20C18A5000000/