中国が、北朝鮮に極めて厳しい追加制裁を科す国連安全保障理事会の決議に賛成した。1961年、中国は北朝鮮との間で中朝友好協力相互援助条約を結んだ。一方が攻撃を受ければ、もう一方が自動的に支援する「自動参戦条項」を含む同盟条約だ。

 北朝鮮の一方的な核・ミサイル開発の結果、中国は同条項の無効を宣言せざるをえない状況に追い込まれた。中国は北朝鮮国境近くに多くの難民を収容できるキャンプの設営を指示し、軍の駐留施設も拡充している。一昔前なら考えにくい抜本的な変化は、中国側の発言に現れている。


■「北朝鮮は潜在的な敵」で炎上
白頭山の山頂にある天池の畔に立つ金正恩氏=朝鮮通信・共同
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白頭山の山頂にある天池の畔に立つ金正恩氏=朝鮮通信・共同

 中朝関係を研究する華東師範大教授、沈志華は3月、北朝鮮と国境を接する遼寧省の大都市、大連の外国語大学で講演した。大連には北朝鮮の経済拠点も多い。

 「今、(北)朝鮮は中国の潜在的な敵だ。おそらく韓国は中国の友になりうる」

 講演内容が中国のインターネットに流れるとたちまち“炎上”した。「沈志華は売国奴だ」と集中砲火を浴びたのだ。なぜ売国奴扱いされたのか。革命期を生きた人々の琴線に触れる特殊な中朝関係を物語る秘話を沈志華が日本の講演などで明かしている。それを交えて中朝関係の綾(あや)を紹介したい。

 物語の舞台は中朝国境をまたぐ標高2700メートルの長白山(朝鮮半島での漢字呼称は白頭山)だ。中朝関係を動かしてきた因縁の山。そこは朝鮮民族、清王朝を開いた満州民族が民族発祥の地にそびえる聖なる山としてあがめてきた。長白山の頂には天池という美しい湖がある。北朝鮮が国営テレビで「核実験成功」を派手に伝えたベテラン女性アナウンサーの背景に映り込む大きな写真の湖沼が天池だ。

 12月9日、朝鮮中央通信は零下20度以下になる厳冬の山頂の湖畔に磨き抜かれた革靴で立つ朝鮮労働党委員長、金正恩(キム・ジョンウン)の姿を映した写真を配信した。背景は晴れ渡っている。天池付近は常に霧が立ち込め、快晴の日はわずか。写真が合成でないなら晴天の選んでのピンポイント登頂だった。

 そもそも中国と朝鮮半島の間には、歴史研究を口実にした領土に絡む問題がくすぶっていた。古代の大国、高句麗を巡る論争だ。中国政府は2002年から巨費を投じ高句麗の「歴史研究」に乗り出し、朝鮮民族の祖国ではなく、中国東北部の一地方政権であると断じた。

 高句麗が朝鮮民族の祖国と認めると、広大な版図の一部だった中国の吉林、遼寧両省も朝鮮民族の土地との論理が成り立つ。将来の統一朝鮮の誕生も考えた中国は歴史研究の名で先手を打った。「現在の中国領に合わせた過去の歴史の捏造(ねつぞう)」。韓国で激しい批判が巻き起こった。

金日成は毛沢東に高句麗の都だった吉林省集安の北朝鮮領編入を要求したが……(中国・集安の高句麗遺跡)
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金日成は毛沢東に高句麗の都だった吉林省集安の北朝鮮領編入を要求したが……(中国・集安の高句麗遺跡)

 実はこの問題の根源は新中国の建国の英雄、毛沢東にあった。中朝友好協力相互援助条約の締結前、毛沢東と会った北朝鮮の指導者、金日成(キム・イルソン)は「中国はこんなに広い。高句麗(紀元前37年〜668年)の都だった集安(吉林省と北朝鮮の国境の町)ぐらいは自分たちに譲ってほしい」と要求した。

 さすがの毛沢東も集安の割譲要求は拒んだ。だが首相の周恩来を呼んで、友好を重んじ長白山と天池の線引きでは譲るように、と指示した。金日成の領土割譲要求の秘話は、筆者自身が9年前、現地などで取材した内容だ。これを広がりのある形で明らかにしたのが、中国人学者、沈志華である。

■毛沢東が金日成に謝罪した特殊な関係

 笹川平和財団での講演で明らかにされた沈志華の話は00年5月に遡る。金正恩の父、金正日(キム・ジョンイル、11年12月17日死去)が、トップとして初訪中し、北京で当時の中国国家主席、江沢民(ジアン・ズォーミン)と会った。金正日が本国に戻るまでひた隠しにした非公式の秘密訪問だった。金正日は江沢民を前にしてこう言い放った。

 「私は『東北』の視察を準備している。手配をお願いできないか」

 これを聞いた江沢民は、いぶかしげだった。中国語で「視察」といえば、指導者が下々の様子を見て回ることだ。金正日は北朝鮮の指導者であって、中国の指導者ではない。「視察」という言葉遣いは、現実と矛盾するばかりではなく、中国への礼を失していた。江沢民は冷静にただした。

 「あなたの場合は、訪問でしょう」

 金正日は即座に否定した。

 「いや、視察です。私の父(金日成)は私に言いました。『東北』は全て我々のものだ、と」

 江沢民はくらくらっとしながらも、再び問いただした。

 「どうして『東北』が全てあなた方のものなのか?」

 金正日の答えは重大な内容を含んでいた。

 「これは私の父の考えを示す発言ではありません。毛沢東主席の発言だったのです」

 驚いた江沢民は、慌ててすぐに中国共産党中央対外連絡部の責任者を呼び出して、本当に毛沢東が過去にそんな話をしたか確認させた。翌日午後、報告があった。毛沢東は確かに話していた。しかも1回だけではない。沈志華によると5度もである。毛沢東の発言はおおよそ以下のようなものだ。

 「あなた方(北朝鮮側)の祖先は『中朝の国境は遼河(遼寧省の大河)だ』という。我々の祖先は『国境は鴨緑江だ』という。現状では、あなた方を鴨緑江の南に押しやっている。かわいそうなことだ」

 これに続く毛沢東の発言が肝だった。

 「これは私の罪ではない。封建主義があなた方を圧迫した。則天武后(唐王朝の女帝)、唐の太宗、隋の煬帝(高句麗と繰り返し戦った皇帝)、すべて彼らの仕業だ。私はといえば(北朝鮮から要求された)天池をあなた方にあげなかったか?」

 周恩来も似た話をしていた。「過去に我々の祖先があなた方を欺いた。今、我々が謝罪する。天池を譲るのは中国の指導者らの一種の理念だ」。中国は長白山と天池で譲歩し、天池の54.5%が北朝鮮領になった。この前段が、金日成が集安の割譲を迫った強引な領土要求だった。

中朝国境を守る北朝鮮の兵士(2017年10月)=小高顕撮影
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中朝国境を守る北朝鮮の兵士(2017年10月)=小高顕撮影

 毛沢東の死後、小平の時代になると、中国は特殊な中朝関係を徐々に清算し、ついに1992年には北朝鮮の敵国、韓国と国交まで結んだ。沈志華によれば、これを機に北朝鮮は中国の動きに対抗しようと核開発にのめり込む。北朝鮮は93年に核拡散防止条約(NPT)から脱退を宣言した。

 北朝鮮は小平時代になっても裏で「中国の東北部は朝鮮領」との毛沢東の言を取り上げたが、中国側は相手にしなくなる。そして先の共産党大会で毛沢東、小平両時代に次ぐ第3の新時代入りを宣言した総書記、習近平(シー・ジンピン)は、米大統領のトランプからの圧力も受け、表面的には「脱北朝鮮」へ傾く。

■天地がひっくり返る変化

 沈志華の大連講演で中国のネットが炎上してからたった9カ月。中朝関係は天地がひっくり返るほど変わった。「(中朝は)対立している」。新たな中国の政治局常務委員の汪洋(ワン・ヤン)まで認めた。それほど習近平は、中国への敵意を隠さない金正恩に厳しい視線を送っている。

 毛沢東、小平、習近平という中国の3人の指導者と、北朝鮮の金王朝三代。くしくも金正恩と同じ“3代目”の習近平は、中朝の過去の恩讐(おんしゅう)を背負う。それは日米韓を巻き込みながら現代史を動かしている。

 金正恩は過去4度、白頭山に登った。その後には大事件が起きた。13年11月のトップとしての初登頂の後には、中国とのパイプだった自らの叔父、張成沢を逮捕し、処刑してしまった。

 17年末、金正恩は民族の聖地である山頂で父、金正日が江沢民に確認した「中国東北部は(北)朝鮮領」という毛沢東の言葉を思い浮かべたのか。そして今度は何を起こそうというのか。それはトランプが武力行使に踏み切るのかどうかの鍵も握っている。

2017/12/27  日経
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25152100X21C17A2EA1000/?n_cid=NMAIL007