北朝鮮は、なぜ中国の言いなりにならないのか?

「中国は、北朝鮮の暴動を止められるのか」、世界の注目を浴びています。現在進行中の北朝鮮のニュースを読み解くには、まず中国と北朝鮮の歴史的な関係を押さえておく必要があるでしょう。

まずは中国大陸の全体像を俯瞰(ふかん)してみましょう。
歴史的にいえば、いわゆる「中国人」(漢民族)とは、万里の長城より南に住んでいた人たちのことを指します。万里の長城より北側には、もともと満州人とモンゴル人がいて、朝鮮半島には朝鮮人が住んでいました。満州人とモンゴル人と朝鮮人。同じ北方アジア系の民族で、使用している言葉も似ています。朝鮮人は中国人とは民族が異なり、言葉も通じません。

17世紀になると、満州人が建国した清朝がモンゴルをのみ込み、ついには万里の長城を突破し、中国を統一しました。ですから、清朝の皇帝とは中国人ではなく、満州人です。清は広大な版図を誇り、チベットを保護領にするなどして、今日の中国領土の原形をつくりあげました。

1912年には、孫文による辛亥革命を経て、中華民国が成立、清朝による支配に終止符が打たれました。中華民国は漢民族、すなわち中国人による政権です。中華民国が成立すると、今度は万里の長城を越えて、モンゴルや満州に侵攻。「元・清朝の領土は中華民国のものだ」という理屈のもと、チベットやウイグルに対する領有権の主張が始まりました。

そして、第2次世界大戦後、1949年に現在の中華人民共和国が成立。満州とモンゴルの南側(内モンゴル)、チベットを押さえ込みます。ただ、北の外モンゴルを領土とすることはできませんでした。

ちなみに、「満州」という地名は中国ではタブーで、「中国東北地方」と表現されます。中国はもともと異民族である満州人の独立運動を恐れているからです。実質、日本軍が建てた満州国については、「偽満州国」と書きます。日本の教科書にも影響が及んでいて、「満州」ではなく、「東北」という言葉を使いたがります。存在をなかったことにしようという話ですから、満州人に失礼な感じもします。

漢民族は、満州やモンゴルといった北方アジア系の民族をのみ込み、今の中国をつくりあげました。こうした歴史を振り返ってみると、中国はモンゴルや満州の先にある朝鮮も同じようにのみ込む対象と見ていたといっていいでしょう。歴史的に見て、朝鮮民族にとって最大の脅威は地続きの中国であり、このことが現在の中朝関係にも影響を与えているのです。

中国は北朝鮮の友好国なのか?

では、現在の中国と北朝鮮の関係性はどうなっているのでしょうか。

中国と北朝鮮は同じ共産主義であり、朝鮮戦争のときには中国は北朝鮮に加勢し、韓国やアメリカとも一戦交えました。近年も中国は北朝鮮にパイプラインで原油を供給しています。また、中国にとって北朝鮮は、在韓米軍から身を守る緩衝地帯の役割を果たしています。

こうした関係性から、中国と北朝鮮は「仲がよい」というイメージをもつ人もいますが、現実はそう単純ではありません。

中国と北朝鮮の国境は、鴨緑江という川で隔てられています。かなり水深の浅い川なので、夏は簡単に渡ることができますし、冬には川面が凍るので歩いて渡れます。比較的、自由に越えることができる国境なのです。そのため、かつての朝鮮人は新天地を求めて、続々と満州に移住してきました。

朝鮮民族は南北朝鮮だけでなく、中朝国境の北側にも住んでおり、その数は数百万人に達するといわれています。彼らはキムチや焼き肉を食べ、朝鮮語を話します。中国ではこの朝鮮人居住区を「延辺(えんぺん)朝鮮族自治州」と呼んでいます。

現在は国が割れていますが、朝鮮民族は「朝鮮統一の夢」を抱いています。それは南北朝鮮統一だけではありません。満州の延辺朝鮮族自治州も加えたものです。

ただ、仮にこれが実現するようなことがあれば、ほかの北方アジア系の民族が黙ってはいないでしょう。

「朝鮮人が自分の国をつくったのなら、オレたちも」と満州人やモンゴル人(内モンゴル)も声を上げる。そうなったら、中華人民共和国は崩壊するかもしれません。だから中国は、絶対に朝鮮の統一国家は認めません。今のように分断されたままのほうが都合がいいのです。

こうした状況からいえるのは、中国にとって朝鮮は、基本的に「敵」だということです。中国が、北朝鮮を経済的に支援していることから、友好関係にあるように見えますが、実際のところ、中国は北朝鮮を敵視しています。経済支援をしているのも、北朝鮮の政権が自然崩壊し、朝鮮半島が統一されたら困るからです。

中国と北朝鮮が友好関係にあるなら、現在のように北朝鮮が核兵器やミサイルの開発に躍起になっている状況を説明できないでしょう。核保有国の中国が本当に北朝鮮を守ってくれるなら、北朝鮮は核開発を急ぐ必要はありませんよね。北朝鮮から見ても、中国はいざというとき助けてくれないだろうと確信しているのです。

なぜ朝鮮半島はこれまで独立を維持できたのか?

朝鮮人は、中国のことをどう思っているのでしょうか。

歴史的にいえば、朝鮮は約2000年前の漢の時代から何十回も中華帝国に攻め込まれてきた過去があります。漢の時代は、朝鮮半島北部まで植民地になり、「楽浪郡」という行政機関が置かれていました。そうした苦い記憶があるので、朝鮮人にとってのいちばんの脅威は、いつの時代も中国です。

しかも朝鮮人は少数民族。中国とまともに戦っても勝てる見込みはありません。

そこで朝鮮は、国の独立を保つため、2つの方法を取ってきました。

ひとつは、朝貢です。中国の皇帝に貢物を捧げ、君主として認めてもらう。形式上は頭を下げておき、その代わりに軍事占領されることを回避してきました。もうひとつは、ほかの大国と手を組むこと。つねに強者の側について安全を確保する。この朝鮮独特の生き残り戦術を「事大(じだい)主義」といいます。「事」は「つかえる」。「大国につかえて」生き残るのです。近代に入って中国の力が弱まると、ほかの大国と手を結んで中国の脅威に対抗してきました。

朝鮮の宗主国だった清朝が日清戦争に敗れると、朝鮮は日本と結んで独立を宣言し、三国干渉で日本がロシアに屈すると、今度はロシアと手を組むことを画策します。

ところがロシアが、1904年に日露戦争で日本に敗れました。

すると朝鮮は、ロシアではなく日本と手を組もうと前のめりになります。その結果、1910年に韓国併合に関する条約に調印。日本が朝鮮総督府を置くことになったのです。

「韓国併合」というと、日本が無理やり韓国を占領したというイメージをもっている人が多いでしょうが、もともとは「日韓合併」と呼ばれ、韓国側も積極的だったともいえるのです。

当時、韓国では「一進会」という政治結社が中心となって、ロシアに勝利した日本の力を借りて韓国の近代化を目指そうという運動が活発化していました。韓国にも大日本帝国の一部になって発展を遂げたい、と考える勢力が存在したのです。実際、日本の統治時代を通じて、1919年の「三・一独立運動」を除いては、大規模な独立運動は起こりませんでした。日本の力が圧倒的だったからです。

日米戦争の末期になると、日本軍に志願して入隊した朝鮮の若者も続出しました。神風特攻隊に志願し、米軍の空母に突っ込んだ若者もいます。朴槿恵前大統領の父である朴正煕元大統領も、日本軍に志願した1人。「日本軍に志願します」と血書を送ってきた朝鮮の若者として当時の新聞記事に載っています。

少し話がそれましたが、近代に入ると朝鮮はロシアと日本と友好関係を結び、戦後はアメリカやソ連の支援を受けて、中国の脅威に対抗してきました。朝鮮半島は地政学的にも大国に囲まれた小さな国ですから、必ず強い国と手を組み、生き延びてきたのです。

アメリカは北朝鮮を攻撃するつもりがあるのか?


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核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対して、アメリカと中国が裏で手を組み、金正恩政権の崩壊を画策するなか、2017年4月、ドナルド・トランプ政権が原子力空母を朝鮮半島周辺に派遣するなど、一触即発の緊張状態になりました。

アメリカが本気で北朝鮮を攻撃すれば、北の反撃でソウルが火の海になり、日本本土にも北朝鮮からのミサイルが飛んでくる可能性もニュースで報じられました。

北朝鮮が一線を越えなかったことで、最悪の事態は回避されましたが、トランプ政権は、北朝鮮に対する圧力を弱める気配はありません。

アメリカが攻撃を仕掛けるとすれば、空爆によって管制システムを破壊し、核ミサイルの発射を未然に防ぐと同時に、金正恩の殺害も狙うことになるでしょう。管制システムと指導者を同時に失えば、北朝鮮は核ミサイルを発射することは難しくなるからです。

米軍は作戦プランを立てて、実戦に即した訓練もしているはずです。しかし、米軍が北朝鮮を攻撃した場合、北朝鮮の反撃を招くことになり、日本も無傷ではいられません。もちろん、日本の在日米軍基地は攻撃対象に含まれますし、東京などの都市に向けて弾道ミサイルが発射される可能性もあります。

トランプは「レッドラインを越えたら容赦なく攻撃する」と言っていますが、同盟国である日本や韓国の犠牲をどこまで許容できるのか、トランプ政権内部で深刻な議論が続いています。これを金正恩が「トランプの弱さ」と誤認し、さらに緊張を高めていけば、破局は突然やってくるでしょう。

2017年09月11日 東洋経済
http://toyokeizai.net/articles/-/187563