赤い服を着た4人の踊り子は、ウイグル民族の伝統音楽に合わせて踊り始めた。観客が手拍子で盛り上げる。白い衣装の男性歌手の熱唱には、一転して静かに聴き入った。ウイグル語の歌が流れると、男女の観客が次々と踊り始めた。

 中央アジアの国、キルギス。同国南部ジャララバードで9月24日に、「マシュラプ」と呼ばれるウイグル族の集会が開かれた。ウイグル系キルギス人の団体「イッティパク」の主催だ。会場のレストランには、キルギス系やウズベク系の招待客も含めて200人以上が集まった。州知事ら周辺地域の有力者の顔もあった。
 ログイン前の続きマシュラプはキルギス各地のウイグル系住民の持ち回りで、3カ月に1度開かれる。歌や踊りだけでなく、長年の活動への表彰なども行われる。世代ごとのマシュラプもあるという。いつもは首都ビシケクなど北部の町が多く、南部で行われるのは3年ぶり。北部からも約50人がバスで駆けつけた。イッティパク会長のアルティク・ハジエフさんは「ウイグル人の言葉や伝統、音楽などの文化を次の世代に伝える重要な活動だ」と話す。

 ウイグル人はトルコ系の民族で、世界に1千万人がいると言われる。うち中国に約840万人が住む。もともと中国・新疆ウイグル自治区は18世紀、清朝が征服して中国の支配下になった。「新疆」は中国語で「新しい土地」の意味だ。

 1933年と44年に「東トルキスタン・イスラム共和国」などと独立を宣言したこともあるが、55年に中国の自治区となった。だが、その後も流入する漢族への不満から暴動などが発生。91年のソ連崩壊で同じイスラム系のカザフスタンやキルギスなどが独立すると、触発されて独立運動が活発化した。中国の取り締まりなどから逃れ、欧州や中央アジアに亡命した人も多い。キルギスには約5万8千人(公式)、隣国のカザフスタンにも約46万人(同)が住むという。

 いまもイッティパクの多くのメンバーはウイグルの独立国家樹立を願う心を失っていない。アバキール・ハトバキエフさん(73)は16歳のとき、母と兄弟の計5人で中国から逃げてきた。当時、中ソが対立し、ソ連はパスポートがなくても国境を越えて逃げてくる人を受け入れたという。「いつか中国から独立してほしい」と願う。

 ジクリール・トゥシャロフさん(52)はビシケク生まれだが、両親が50年代半ばに中国から逃れてきた。キルギス人として育ったが、家ではウイグル語を話し、食事もウイグル風の料理が中心だった。「両親から母国のことをいつも聞いて育った。親から引き継いだ独立への思いは、私の子どもたちにも伝えたい」

 もっとも南部では、ウズベキスタンを中心に住むウズベク人の言葉ウズベク語を普段から話す人も増えている。ウイグルの言葉や文化は、キルギスよりウズベクに近いという。キルギスは新疆ウイグル自治区とウズベキスタンに挟まれているが、騎馬民族のキルギス人に対し、ウイグル人とウズベキスタン人は農耕民族。昔は両民族は一体となって暮らしてきたが、キルギス人が侵入し、間にある山岳地帯を占領したためだと言われている。

 それをよく表しているのが、イスラム教の男性がよくかぶる帽子だ。キルギスの伝統的な帽子は白くて高いが、ウイグルとウズベクは黒くて低く、四角い。違うのはかぶり方で、ウイグル流は角を正面にするが、ウズベク流は辺の部分が正面に来るという。

 ただ、会場を見ると多くの人が頭の上の帽子は辺の部分が正面だ。ウズベクが多いのかと思いきや、ウイグルだという。ウイグルの男性が「この地域はウズベク人が多いため、手に入りやすいウズベク流の帽子をかぶる人が増えていった」と教えてくれた。また、旧ソ連でスターリン時代の1940年ごろ、ウイグル人が迫害され、ウズベク人を名乗るようになった人もいるという。キルギスにいるウイグル系は、非公式には30万人にのぼるとも言われる。

 実は、今回のマシュラプにはいつもとは違う緊張感があった。8月30日、ビシケクの中国大使館に車が突っ込み爆発した。捜査当局によると、実行犯の運転手はタジキスタンの偽造パスポートを所持したウイグル人で、独立派の「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)のメンバーだったとされる。ETIMは、いまは過激派組織「イスラム国」(IS)と一体化しているとの見方もある。

 しかも、ジャララバードがあるのはキルギス南部のフェルガナ盆地。ウズベキスタンやタジキスタンにもまたがる地域には熱心なイスラム教徒が多く住み、旧ソ連諸国のイスラム復興運動の中心地だ。キルギスで1999年に日本人拉致事件を起こした「イスラム運動ウズベキスタン」(IMU)の発祥地でもあり、2005年、に大規模な反政府デモが起こって鎮圧されたウズベキスタンのアンディジャンは、ジャララバードのすぐ近く。中国大使館テロ事件に関連して逮捕された多くの容疑者の出身地域でもある。

 マシュラプを取材した地元のキルギス人記者は「今日は大勢が集まったが、爆発がなくて本当によかった」とほっとしていた。

 イッティパクは、中国がテロリストと関係があると批判するウイグル人組織「世界ウイグル会議」(本部・独ミュンヘン)のメンバーだ。だが、キルギス民族協会に加盟して活動し、ウイグル語での新聞発行を20年以上続けており、キルギス国内では平和的な団体と認知されている。中国大使館の事件後は、すかさずテロを批判する声明を出した。ハジエフさんは「世界でももっとも活発に活動している団体だ」と自負する。

 テロの脅威は身近にもある。00年には当時の会長が何者かに射殺される事件があった。テロ組織から資金供与を要求され、断ったために狙われたとみられている。いまはISなど中東のテロ組織から若者が勧誘されることを警戒している。

 ジャララバードのウイグル人イマム(イスラム教指導者)のアリシェル・アヒノフさん(55)は今年1月、若者に過激派組織の危険を訴えるイベントを開いた。役場や警察の幹部ら約60人も出席。イスラム教は本来、平和的な宗教であり、ISの主張はうそだと訴えたという。

 ウイグル人による中国大使館へのテロがあったにもかかわらず、イッティパクが問題なく活動できるのは、これまでのキルギス社会に溶け込む努力が評価されているからだ。参加したウイグルの人の中には「戦争が起これば、いつでもキルギスの国旗とともに戦う」と言う人もいた。今回のマシュラプの冒頭でも、ハジエフさんが「我々にはキルギス国籍があり、ウイグルとキルギスの言葉や文化、宗教も(ほとんど)同じだ。平和で仲良く暮らそう」と呼びかけると、会場は大きな拍手に包まれた。

2016年10月25日 朝日
http://digital.asahi.com/articles/ASJBN1RJTJBNUHBI005.html?rm=279