(1/4ページ)【大阪から世界を読む】

 中国チベット自治区を訪れる中国人(漢人)旅行者の度を超した不埒な行動が、現地で摩擦を引き起こしている。旅行者は平気で仏像に上ったり、無断で巡礼者の写真をとったりし、信仰心の厚いチベット人の神経を逆なでしているという。当局は注意するどころか、聖地の世俗化に向けた観光開発に熱心で、チベットの「ディズニーランド化」を憂う指摘もある。

仏像にまたがり、祈祷旗を踏みつけ…「神聖」を汚す中国人観光客

 ロンドンを本拠とする非政府組織(NGO)「チベット・ウオッチ」が2014年10月に発表した報告書「文化の衝突 チベット観光の現状」には、ショッキングな写真が何枚も掲載されている。

 両手や両膝、額という体の5つの個所をを地面につけて、仏や高僧などを礼拝する「五体投地」をする巡礼者
や、嫌がるチベット人女性に何人もの“にわかカメラマン”が群がり、レンズを向ける姿はまだましなほうだ。もっとひどいのは、大きな仏像の肩にまたがる女性の写真。さらに、タルチョーと呼ばれる祈祷(きとう)旗を踏みつけて歩いたり、僧侶を経典を描いた神聖なマニ石の上に立ったり…。目を疑う写真ばかりだが、こうした習慣やタブーを無視した行為が漢人旅行者に蔓延(まんえん)、チベット人の怒りを買っているのだ。

 報告書は「中国政府によるチベット観光の促進は、文化の結束をもたらすどころか、緊張を生み出している」とし、さらに「中国人観光客はチベット人を展示物程度にしかみていない、動物園の動物のような扱いをしている」と憤る。


 中国人旅行者の心理では中華世界とは違う物珍しさが優先され、仏像や聖なる品々も単なる好奇なモノとしか映らないのだろう。

 米ネットメディアのグローバルポストは、この報告書を大きく取り上げ、米ニューヨーク市立大の中国・チベット史研究者のコメントを載せている。

 「報告書の内容は正確だ。悪しき行為は広がっている。中国人の団体観光客は私にとって見たくない存在。他者を尊重しようとしない厚顔無恥な人々だ」

チベット人は漢人に劣る民族…上から目線での“刷り込み政策”

 チベット旅行は、「植民地化」を固めたい政府のてこ入れもあって大きなブームになっているという。2015年には年間1500万人もの観光客を見込んでいるほどだ。青蔵鉄道の開通を機に自治区の首都ラサのインフラ整備は急ピッチで進んでいる。そんな観光開発の尻馬に乗って高級ホテルの進出を打ち上げた外資系ホテルチェーンには、国際的な非難もあがったほどだが、急成長のチベット観光はそれだけワールドワイドな魅力になっている。

 だが、その恩恵を預かっているのは漢人であって、チベット人ではない。

 中国政府は外国人のチベット旅行を厳しく制限しているが、建前上、同じ「中国人」であるはずのチベット人にも移動の自由はない。自治区内にもかかわらずだ。各地にチェックポイントが設置され、身分証に書かれた民族名が「チベット」とあるだけで追い返される。遠路やってきた巡礼者でさえ、聖都ラサに入ることもままならない統制ぶりだ−と報告書は明らかにする。

 だが、漢人は違う。チベットに押し寄せている旅行者の大半は唯一、ほぼ自由に振る舞える彼らで、奨励策で移住した漢人起業家らがその利益に浴している。


 中国政府はチベットを「精神的な癒やしの地」として宣伝。だが、そこには「国民にチベット人の心や文化を理解、尊重させる努力は見られない」とし、「中国政府はチベット人が漢人に劣る原始的な民族と人々に刷り込んでいる」とチベット・ウオッチは指摘する。漢人の心理のウラには、上から目線の優越意識がある。

漢人の、漢人による、漢人のためのチベット・テーマパーク化

 「チベットのディズニーランド化」。異質の伝統や風習を極端にデフォルメし、大衆受けするエンターテインメントにしてしまう…。チベットを蝕(むしば)む観光開発の実情を書いた米ワシントンマンスリー誌の表現は言い得て妙だ。

 同誌によると、輪廻(りんね)転生を象徴するチベット仏教の“鳥葬”が、わずか5ドルで中国人旅行者の見せ物になっている。ツアーの旗をはためかせた四輪駆動車で乗り付け、大騒ぎしながら、デジカメやスマホで一部始終を撮影するのだ。寺院などの祈りの場でも大声で携帯電話で会話したり、巡礼者の流れに逆らうように歩いたりとやりたい放題。

 チベット・ウオッチの報告書には「蔵漂」という造語もある。チベットが気に入った「流れ者」のことだ。彼らはラサの中心的寺院・ジョカン寺周辺にたむろし、信仰心厚い巡礼者の祈りの邪魔をしているという。実際、チベットツアーを扱う大阪の旅行業者は「バックパッカーの若者たちを中心にものすごく中国人旅行者が増えているのは確かだ」と話す。


 14年夏、ラサでは当局肝いりの大イベントが行われた。7世紀の唐の時代、チベット国王に嫁いだ文成公主の物語をミュージカルショーに仕立て上げ、多くの漢人旅行者を引きつけた。報告書によると、チベットは昔から、中国の属国だったという主張を印象づける演出がなされていたのはいうまでもない。まさに漢人の、漢人による、漢人のためのディズニーランド。「非日常の別世界」を体験できるテーマパーク空間に仕立て上げている。

金を払えば何をやってもいいという身勝手な論理

 世界的にも呆(あき)れられている中国人観光客の傍若無人ぶりは枚挙にいとまがないが、「国内」のチベットでは野放しにされてさえいる。

 同誌では「チベット人は政府の恩恵に全く感謝していないじゃない。私たちが食い扶持を払っているのよ」という漢人旅行者の声を載せている。金を出しているのだから、何をしたって構わないという論理だ。その上、観光業による世俗化はチベットのアイデンティティーを確実に破壊している。

 ダライ・ラマ法王日本代表部(東京)は訴える。

 「チベットの人々は監視され、何も言えない恐怖の中で生きている。われわれは仏教文化を守りたいだけだ。世界の人々がチベットに関心を持ってもらい、中国が良い方向に進むよう国際的な世論を高めてほしい」

産経 2015.1.6
http://www.sankei.com/west/news/150106/wst1501060007-n1.html