スペインの裁判所がチベット族の虐殺に関与した疑いで、中国の江沢民元国家主席(87)ら元幹部5人に出した逮捕状が波紋を呼んでいる。中国政府はかつての国家元首に下された異例のジャッジに「強烈な不満と断固たる反対を表明する」と猛反発。ヒステリックな反応をみせる背景には「世界的な支持を得ているチベット独立運動への強い警戒感がある」(専門家)という。今後、世界中で中国共産党の横暴を告発する動きが広がる可能性もあり、不穏な空気が漂っている。

 中国の最高権力者が「お尋ね者」になった。

 スペインの全国管区裁判所から逮捕状が出されたのは、江氏のほかに胡錦濤前主席(70)や李鵬元首相(85)ら5人。2006年、スペイン国籍を持つ亡命チベット人とともに同国の人権団体が、1980〜90年代にチベット族に対して「ジェノサイド(大虐殺)や拷問などが行われた」として、当時の党指導部の責任を追及する訴えを起こしていた。
 告発は、なぜ遠く離れた欧州の地で行われたのか。「スペインでは、人道に対する罪に関しては国外の事件であっても同国の裁判所に管轄権がある。98年にはチリで独裁体制を築いたピノチェト元大統領に、今回と同様に逮捕状が出され、スペイン側の要請で英国で身柄が勾留されたこともある」(外交筋)

 ただ、法的拘束力は、スペインと犯罪人引き渡し条約を結ぶ国に限定されるため、実際に江氏らが逮捕される事態は考えにくい。

 それでも、習近平国家主席体制下の中国はこの決定に敏感に反応し、裁判を起こしたチベット独立勢力を激しく非難。スペイン側の対応を「関係を損ねるようなことをしないよう」と強く牽制した。

 中国事情に詳しい作家の宮崎正弘氏は「中国は、スペイン領土内にエネルギー関連の会社を買収するなど、ここ最近経済的な結びつきを急速に強めている」とし、中国共産党からの“牽制メッセージ”をこうひもとく。

 「スペインの首都・マドリードやバルセロナにはチャイナタウンもある。スペインが経済面で中国に依存度を強めているのを背景に『内政干渉をやめろ』と脅しを掛けている」(宮崎氏)

 恫喝めいたプレッシャーを掛ける中国だが、これほど事態収拾に躍起になる理由はどこにあるのか。

 『中国人民解放軍の内幕』(文春新書)の著書で知られるジャーナリストの富坂聰氏は「国家元首に逮捕状が出るというのは国のメンツに関わる。体裁を保つためにポーズとして強硬姿勢をみせたというのが実情だろう」とした上で、党指導部が抱くある危機感を指摘する。

 「政府が最も警戒しているのは国際世論だ。イスラムテロ組織と同一視されがちなウイグルの独立運動とは違って、チベット族の独立運動は欧米を中心に国際的な支持を得ている」(富坂氏)

 89年には、チベット亡命政府の国家元首であるダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した。

 96年には、米国の人気ラップグループが中心となり、チベット独立運動の支援を目的とした野外コンサートを開催。この催しは2003年までの間に米国、豪州、欧州、日本の各地で行われ、チベット問題への認知度を高めた。世界中で広がる「チベット解放」の声が、中国にとって厄介でしようがないのだ。

 しかも、人権意識が低い中国の現実が、国際的な共通認識となり、それがインターネットなどを介して中国国内に一段と広がると、現体制に不満を持つ民衆の蜂起やウイグル独立運動のさらなる活発化への遠因にもなりかねない。

 刺激してくれるな−。スペインへの過剰反応は、習氏率いる中国の焦りの表れとも言えそうだ。

zakzak 
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20131122/frn1311221131001-n1.htm