今月中旬に始まった史上最大規模の反日デモが沈静化した今、中国政府の今後の動向が注目されている。北京は一体、今度の「尖閣紛争」にどう決着をつけるつもりなのか。

 それを見るのには、中国漁船団の動きが一つの鍵である。
 16日あたりから、日本への「対抗措置」として中国政府は尖閣海域へ向かう漁船団の出航を認めた。一時は「千隻の中国漁船が尖閣にやってくる」との情報が流れ、一触即発の緊迫状況となった。

 だがこの原稿を書いている25日午前現在、台湾の漁船の領海侵犯はあっても、「中国漁船」は一隻たりとも日本の領海に入ってこなかった。それは中国政府当局が徹底した管理を行った結果であろう。

 もし中国の漁船が実際に日本の領海に侵入してきた場合、日本の海上保安庁は当然それを取り締まらなければならないが、その中でけが人が出たり逮捕者が出たりするような事態が起こる可能性は十分ある。そうすると、日中間の全面対決は必至の趨勢(すうせい)となろう。

 おそらく中国政府もそうなった場合の問題の深刻さをよく分かっているから、中国漁船の日本領海侵入を許さなかったのであろう。逆に言えば、今の中国指導部は結局、「尖閣問題」での日本との全面対決を避けたいのである。

 このような思いを強く持っているのは習近平国家副主席その人であろう。今年秋に開催される予定の党大会で彼は次期最高指導者に選出されるはずである。だが、もし今の時点で日本との「尖閣紛争」が全面対決の局面となって党大会の開催が延期されたりすれば、政治的不利をこうむるのは当然習氏である。場合によっては、今の最高指導者である胡錦濤国家主席が「国家の非常事態」を理由に習氏への権力移譲を拒むことさえあり得る。

そうなるようなことを危惧して、一時の「行方不明」から復帰した直後の21日、習氏は中国の指導者として初めて「領土問題は平和的に解決」と訴えた。この発言の背後にあるのは当然、今回の事態をそれ以上に拡大させたくない習氏の思惑であろう。

 それと同時に、この突如の「平和的解決」発言には、もう一つの対日外交上の戦術的意図も隠されているのではないか。

 つまり習氏ら中国指導者は今、「平和的対話によって問題を解決しよう」との姿勢を示すことによって、日本政府を「尖閣問題」に関する交渉のテーブルに引き寄せようとしている、ということである。実際、中国外務省の洪磊副報道局長は24日の定例記者会見で、「日本側は交渉によって争議を解決する軌道に戻るべきだ」と言い、日本政府に「交渉」に応じてくるよう明確に求めてきている。

 これは、習氏が仕掛けた「罠(わな)」なのだ。もし日本政府が中国側の求めに応じて「領土問題」を協議するためのテーブルにつくようなこととなれば、日本側が「領土問題」の存在を認めてしまうこととなり、それだけでも、中国にとっての大成功と日本にとっての大失敗となるからである。

 おそらく中国政府は今後、政治・経済・軍事のあらゆる面で圧力をかけながら、日本政府に「交渉に応じろ」と迫ってくるのであろう。日本に対する揺さぶりはさらにエスカレートする可能性さえある。

 それに対して日本は「領土問題は存在しない、だから交渉に応じることはない」との立場を毅然(きぜん)として貫いていくべきだ。「罠」にはまってはいけないのである。

産経新聞 2012.9.27
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