在日中国大使館の李春光・元1等書記官(45)による外国人登録証明書の不正更新事件で、松原仁国家公安委員長は1日、閣議後の定例会見で「(李元書記官への)情報漏洩(ろうえい)は確認されていない」と述べた。ただ、李元書記官が農業関係を中心に日本の政府高官や企業人と盛んに接触し、親中派に取り込んで資金を引き出した形跡はある。「個人的利得」以外に目的はあったのか。

 ■外交特権の壁

 警視庁公安部は5月31日、外国人登録法違反などの容疑で李元書記官を書類送検し、捜査を事実上終えた。元書記官は出頭要請に応じず出国したため、不起訴処分になる見通し。

 「逮捕もできない。大使館施設にも入れない。外交特権に守られた書記官の捜査には制約が多かった」。ある公安関係者は一連の捜査をこう振り返る。

 公安部は元書記官が外交官として来日した平成19年以降、その行動を注視してきた。元書記官が中国人民解放軍総参謀部の情報機関「第2部」に所属しているとの情報を得ており、諜報活動が疑えたからだ。

 元書記官は農業分野を中心とする政財界関係者と接触していた。だが、外交特権に守られた元書記官周辺への捜査には制約が多く、機密情報を得ている事実は確認できなかった。


 元書記官は平成20年、外国人登録証を悪用して口座を開設、東京都内の健康食品販売会社から約150万円を振り込ませており、事件自体の動機は「個人的な利得目的」と判断した。

 松原氏は会見で「国家機密をはじめ情報漏洩を取り締まる制度をつくる必要がある」とも述べた。


 ■「前線向け資金」

 中国大使館は李元書記官のスパイ活動を全面的に否定している。ただ、元書記官は日本の親中派を中国側の利益につながるよう誘導する一方、企業人らを親中派に取り込もうとした形跡が残っている。

 公安部によると、平成16年ごろには親中団体代表に近づき、中国のシンクタンク「中国社会科学院」日本研究所に招いた。このシンクタンクは公安部が人民解放軍と関係が深いとみている組織だ。元書記官は団体代表を日本研究所の名誉教授になるように取り計らった上、同年8月には団体代表に社会科学院東京事務所を設置させた。

 親中派への取り込みではセミナーなどで対中ビジネスの魅力について講演。元書記官が関与していた中国の農業特区への投資話では昨年、日本企業約10社から約2千万円が集まった。この資金は元書記官が研究員を務めていた研究団体関係者に渡ったまま、行方が分からなくなっている。この関係者も社会科学院に所属していた。


 公安部は2千万円が人民解放軍側に渡った可能性があるとみている。前線の部隊や兵士は資金不足で、自らビジネスをして生計を立てている実態があり、そこに消えたのではないかとの見立てだ。


 ■真相謎のまま

 李元書記官が鹿野道彦農林水産相や筒井信隆農水副大臣らと進めていた日本の農産物の対中輸出促進事業計画をめぐっては、農水省の機密文書が外部に流出した可能性も浮上し、内部調査が行われている。

 農水省が扱う情報は、機密性に応じて「機密性3」「2B」「2A」「1」に分類されており、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に対する日本のスタンスなどの情報が最高ランクの「3」に位置づけられている。

 事業主体の一般社団法人「農林水産物等中国輸出促進協議会」代表を務める元国会議員秘書は書記官と親交を深め、TPP交渉参加が国内で大きな議論になっていた昨年10月前後、盛んに東京と中国・北京を行き来していたという。元書記官に「TPP」というキーワードも浮上するが、本人に事情を聴けない今、真相は分からないままだ。

産経 2012.6.2
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