昨秋に国王夫妻が来日して以来、日本でも「幸福の国」として知られるようになったアジアの小国・ブータン。「国民総幸福量(GNH)」という独自の概念を打ち出し、経済的な豊かさだけではない「幸せ」の追求が国家目標だ。05年の国勢調査で国民の97%が「幸福」と答えたという彼らの幸せとは。国連児童基金(ユニセフ)国内委員会「日本ユニセフ協会」のプレスツアーで現地を訪れ、人々に聞いてみた。「あなたは幸せですか?」
GNHは1970年代に先代国王が提唱した。国内総生産(GDP)などの経済的指標ではなく、物質・精神両面で身の丈に合った幸福を目指す概念だ。

 ブータンを訪れたのは4月下旬。首都ティンプーから南に車で約8時間、比較的貧しい地域とされるダガナ県で農業を営むラル・ドシュさん(42)は妻と子供7人の9人家族だ。1年前、突風で屋根を吹き飛ばされたままで資金を確保してようやく工事を始めた。「幸せですか?」と聞くと「はい」。「現金収入につながるオレンジの木を増やしたい」と前向きだ。

 ペマ・ヤンゾムさん(28)は1〜11歳の子供3人を育てる母親。夫(24)はほとんど家におらず、トウモロコシなどを作って3食を確保するのがやっと。それでも「幸せですか?」の問いに「前に住んでいたところでは土地がなかったが、ここでは政府から土地を与えられ、なんとかやっている」と穏やかに話し「ノー」とは言わなかった。

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 ティンプー市内では4年ほど前から若者の非行が始まった。

 深夜の街中では、10代の少年少女たちのグループが徘徊(はいかい)し、帰宅を促す警察官を無視して騒いでいた。ブータン警察によると、市内での11年の薬物事件は327件で、前年より約100件減ったが、8割が25歳以下の犯罪で市民の間に潜在化への危機感が強い。

 幸福観と現実のギャップは、政府も認識している。開発をチェックするGNH委員会のリンチェン・ワンディ首席計画調整官(40)は「テレビの普及で、これまでになかった文化が急に入ってきたため、GNHの考え方を逸脱する子供が出てきた。きちんと対応したい」とし、こう述べた。「GNH政策とは、一人一人の国民が幸せになりやすい状況を作ること。目立った資源のない我が国にとって『GNH』自体が唯一の資源なのです」

 厳しい生活や社会不安の中でも、身近な幸せを慈しみながら強く生きていく。ブータンの人たちの幸福観は、そんな姿勢に根ざしたものと思えた。


毎日新聞 2012年05月26日
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