『未来国家ブータン』

 ■伝統的な生活と現代政治共存

 人口70万のヒマラヤの小国ブータンのジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク国王と王妃が訪日された時の、マスメディアの過熱気味な報道ぶりは記憶に新しい。
 なぜ今人々がこんなにブータンに魅力を感じるのだろうか。1972年に先代の国王がコロンボ会議で提起されたGNH(国民総幸福量)の概念が衝撃的に世界に伝播(でんぱ)したこともあるし、現国王が慶応義塾大学で講演した内容も若い世代にストレートに伝わった。それは驚異的な速さで変化を続ける世界に対して、「科学または技術以上の何か、すなわち『人間的価値観』が必要です」というものだった。

 現在ブータンの人々と日本人の暮らしぶりは全くの対極にある。現代日本人は豊かな生活をしているのに満ち足りない。それがブータンを知りたい、学びたいと思うことにつながっている。

 20、30年くらいのうちに数多くのブータンに関する本が出版されてきた。どれもがこの不思議な国の一面を紹介してくれた。だがこの本はそれらとは違った辺境地域の人々の暮らしぶりや、今も生きているらしい伝承の世界をのぞかせてくれる。

 生物多様性の調査行の傍らファンタスティックな雪男を追うスケジュール(それも日毎(ごと)の行程が政府で決められている)から見えて来るものは、伝統的な生活と現代に生きている政治との共存である。

 国王自身が険しい辺境の地方も訪れる。また政府の官僚には外国の大学で学んで新しい考え方を持つ人々がいる。それが彼らは伝統的な民族衣装の「ゴ」をまとい、ゾンカ語を国語とし、インターネットで世界の情報に接する。

 単純に面白くも読める紀行の中から、依然として謎に満ちた国なのか、伝統生活と現代文化の共存する稀(まれ)な国なのか、いろいろな意味を読みとることができる。(集英社・1575円)

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【プロフィル】福原義春

 ふくはら・よしはる 昭和6年生まれ。慶応大卒。東京都写真美術館館長。近著に『好きなことを楽しく いやなことに学ぶ』。

産経 2012.4.28
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