今私の手元に1通の親書の写しがある。あて先は、Prime Minister of Japan, Mr. Yoshihiko Noda(日本国 総理大臣 野田佳彦 様)。差出人は、チベット亡命政権の日本代表を務める、ダライ・ラマ法王 日本・東アジア代表のラクパ・ツォコ氏だ。「総理閣下へ チベットの悲劇的な状況について、火急なご関心をお寄せいただきたく、本状を差し上げます」との一文で始まっている。
沈黙する日本政府、国会、有力政治家ら

 便箋2枚にびっしりとしたためられた中には、チベットの現状が切々と綴られ、こう締めくくられていた。

 「チベットの状況は緊急かつ劇的なものとなっております。国際社会の皆様が、一刻も早く、強いメッセージをもって答えてくださることを切望しているのです。そのメッセージは、深い絶望の淵にある本土のチベット人らに、希望と啓示、生きる勇気を与えることとなるでしょう。閣下におかれましては、ジュネーブで開かれる国連人権委員会にて、チベットの問題への関心を表明してくださいますよう、お願い申し上げます」

 同じ文面は、玄葉光一郎外務大臣に宛てても出されている。すでに1週間が過ぎたが、日本国政府からは未だ正式な声明等は出ていない。

 想像してみてほしい。油をかぶり、飲み、そして自らの体に火を放ち、中国共産党政府の非道に抗議する――。チベットの地では、それほど壮絶な抗議行動に出た人が、この1年だけでもすでに20名を超えたのだ。「人数」で語るべきことでないとはいえ、隣国でおきている、この衝撃的な事実にあらためて驚かずにいられない。当局による市民への武力弾圧、厳しい監視も依然続いている。にもかかわらず、わが国の政府、衆参両院の議会、有力政治家らは、例によってこの問題を黙殺し続けているのだ。国民としてこの状況を何とすべきか?


“戒厳令下”にあるチベット

 日本の政治家らのことに詳しく触れる前に、依然続く「チベットの悲劇的状況」をお伝えしよう。先月末に、当コラムで僧侶らの焼身抗議の背景等について書いた直後、今月3日には、四川省カンゼ・チベット自治州のセルタ(色達県)で、同日に3名ものチベット人が焼身抗議を行なった。未確認情報ではあるが、うち2名は60代の人との報告があった、とチベット亡命政権は発表している。

 現在、ラサを中心としたチベット自治区は言うに及ばず、四川省の西半分、青海省全域を占めるチベット全土へは、外国人はもちろんのこと、中国国内の観光客の立ち入りも厳しく制限されている。チベットは事実上の“戒厳令下”にあって封鎖されており、外からの闖入者などないにもかかわらず、おもな都市の街路、寺院の周辺は、夥しい数の武装警察や軍人で埋め尽くされているという。


日に2度の警察による戸別訪問

 一般のチベット人の住宅街においても、酷い地域では日に2度、警官が戸別訪問をしているともいう。外部へ逃れた者、外部と通じている者がいないか、を厳しくチェックするためだ。過去にも、チベット人からよく聞かれた表現だが、まさに今、「チベットは巨大な監獄」と化しているのである。

 こうした状況のまま、3月10日のラサ蜂起の日(1959年、ラサの市民らが中国当局の圧政に抗議するため蜂起し、ダライ・ラマ14世の亡命につながった事件の日)を迎えれば、さらに多くの血が流れることになりはしないか。世界中のチベット人、チベットサポーターは今、それを非常に強く危惧している。

 しかし、日本にいるわれわれは依然なすすべもなく、悲劇的なニュースに接するたび、ただ無力感を強くするばかりだ。在日チベット人と日本人支援者らによる、中国大使館等への抗議活動は行われているものの、前述のとおり政治は完全沈黙状態である。それどころか、永田町界隈や経済界には、こんな折にもなお、欲と二人連れの「日中友好」行事を麗々しくやることにしか関心のない人々が少なくない。

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2012年02月24日 WEDGE Infinity
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1726?page=1