甘南チベット族自治州舟曲県の土石流の現場でその男性を見かけたのは、今月9日午後1時すぎだった。山から一気に流れた土砂が街をのみ込んでから36時間が過ぎようとしていた。

 ヨレヨレの服を着た40歳前後の男性は倒壊したスーパーのがれきの上に座り、商品棚にあったとみられるビールケースを目の前に置いて、強い日差しのもと、ビールをゆっくりと一口ずつ飲んでいた。忙しく動き回る救急隊員や被災者にはまったく関心を示さず、まるでバーで飲んでいるかのようだった。

 「何をしているのですか」。思い切って声をかけると、男性はこちらを一瞬見ただけで、無表情のままビールをまた一口飲んだ。

 「2人の子供を亡くしたのよ。朝からずっと飲んでいる」と近くにいた中年女性が教えてくれた。男性のいとこというこの女性は隣町から駆けつけたのだという。「ビールを飲みながら、子供たちと一緒に過ごした時間を少しずつ思い出すと言っていたわ…」

 大切な人を一瞬にして亡くした悲しみを人はそれぞれ違う形で表現する。四川大地震など自然災害の被災地を取材するたびに家族の絆(きずな)を認識させられた。

 土砂道と化した大通りを歩きながら、亡くなった1200人を超す人々の冥福を祈らずにはいられなかった。(矢板明夫)

産経新聞 2010.8.26
http://sankei.jp.msn.com/